正直、物悲しさを感じている。
メインの試合、王者ケニーと挑戦者棚橋の一戦。
以前お伝えしたように、両者は互いのプロレス観、イデオロギーをぶつけ合うことで試合へのボルテージを上げていった。
実際、試合の中で、ケニーはその場にあるものを有益に利用しようとしたし
棚橋はその中で駆け引きを見せた。
派手な技、危険な技に頼るのが全てでは無いし
得てして自らが攻めることを優先するケニーのプロレスは
全体のイメージとして王者の余裕というのを感じないのも確かだ。
だが、結局、試合が終わってみると、この試合はケニーがオカダと行った時間無制限三本勝負より面白かっただろうか。
心の何処かで、また棚橋のドラゴンスクリュー、ツイスト&シャウト、ハイフライフロー連発という
お決まりの構成のメインを見るのかという不満に近いもやもやが生まれたのだ。
いや、棚橋が嫌いなわけではない。
棚橋自身のストーリーで語るのであれば、怪我からの復帰
そして、久しぶりのベルトと3年近い物語の末にたどり着いた戴冠だ。
団体として、それで良かったのだろうか。
おそらくは来年のストーリーでいけば、ジェイ・ホワイトがその立場を入れ替えるだろう。
ケニーはヤングバックスが立ち上げる新たな団体に合流するとも言われている。
(ROHから彼等は離脱しているので、提携している新日に上がれるのか不明瞭)
そんな中で、今、棚橋の試合というのは世界的に受け入れられるのだろうか。
言うように、危険な技をすることが正しいわけではないが、今の棚橋に驚くことがないのだ。
ずっと正義の味方、みんなのエース、棚橋を演じている。
それにドキドキしない自分に気付いてしまったのである。
例えば、獣神サンダーライガーも一時、コスチュームを黒くして
CTUというユニットを結成して、アイテムも辞さない大暴れを見せた。
棚橋はキラー棚橋と言われるほどにギリギリの技を相手に見舞う危険な一面も持っている。
しかし、その立場はあくまでもベビーフェイスを崩そうとしない。
まるでその影は、永田裕志と被るのだ。
膝や右肘の影響で出来る技が少なくなっているのは間違いない中で
王者になる、団体の顔、エースという座を守ることだけが
己の生きる道と置いてしまうことで
プロレスラーとしての寿命をいたずらに短くしてるような気がするのだ。
なので、棚橋には、木戸修さんを迎えて、日本版レボリューション
そう、経験豊富なフレアーにトリプルH、オートンとバティスタの若い二人が加わったあのユニットのように
なにか棚橋自身の役割が新しくなるような味付けが必要なのではないだろうか。
おそらくそれはタグチジャパンではないのだ。
個人的感想としては、試合内容はもちろんだが
第一試合の最後の様子が引っかかって
あまり全体として楽しめなかったというのは加えておきたい。
そういう意味で、激しい、危険な試合というのが
必要かと言われれば、それは違うと言いたいのだが………
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