ゴチャゴチャ言わんと

結局プロレスとは何か論を今更説いてるのが良くなくて 今何と戦っているのかが俯瞰で見れてたら 寝言言ってる場合じゃないと思うんだよね、正直。 多分だけど、関係者がプロレスはすごいと思い過ぎてる。 プロレスを見たら感動してもらえると思い過ぎてる。 だから、見に来てくださいが二言目に出る。 今、ありとあらゆることが/パフォーマンスで見られている。 つまり、時間なのか価値なのか それに見合うだけの見返りがあるかということを感じられなかったら 消費されない時代だということを考えたら そこに足を運んで、ライブを見るということの パフォーマンスの悪さを意識してほしい。 そもそもソーシャルメディアでの人気もない 若者の間で話題にもなってない プロレスってやっているのかいい大人ですら知らない 誰がいるかも知られてない、というのは 価値がないと同等なのだということを もう少し真剣に考えたほうがいい。 結局、環状線の外に届くためには 恋愛リアリティショーに出るとか 夕方情報番組のマスコットになるとか ドキュメンタリーオーディションで知られるとか オリンピアンがデビューするとか そういうきっかけが無ければ起こり得ない 今上げたどこにもその団体は入ってない すなわち何もやってないと同じ。 どんだけ話題になったって 話題にしているのは村の中の人間でしか無い 村の外の人間は ソシャゲだ音楽だドラマだ 反社の恋愛だ 何かを見るのに忙しい プロレスがやらなきゃいけないのは その時間をどうやって奪えるか やれてる? やれてなくない? Netflixのドラマみたいに衝撃的な展開はある? 反社の恋愛みたいにドキドキする? 音楽みたいにカリスマ性はある? ライブ会場みたいな演出は? 何もかもをエンターテイメントとして 中途半端にしてプロレスすごいは都合が良すぎると思う。 どんな試合をしようが 箸にも棒にもかからないなら 存在しないも同じでは?

NJPW:我々は棚橋弘至を殺しているのではないか


1.5 棚橋とジェリコの一戦は、近年のクリス・ジェリコが新日本で見せた試合の中で見ると屈指の一戦となった。棚橋のフィニッシャーをあらゆる手でくぐり抜けてのウォール・オブ・ジェリコはザック・セイバー・Jr.のような複雑さはない、シンプルに相手の体を折り曲げるコの字固めではあるものの、ドームの観客を納得させるだけの破壊力でどよめきを呼び、棚橋から勝利を上げることとなり、試合後のジェリコは棚橋にアンダーテイカーと比較し賞讃した。

いつもの論調だったら、棚橋をエースと呼び、アメリカのビッグスターからも賞讃されたと多くの人が書くだろう。しかし、それは視点を変えてみると、我々は棚橋弘至という才能を消費し、殺してしまったのではないだろうか。

常々言っているのだが、棚橋のプロレスというのは、ベースに強烈なアメリカンプロレスが存在している。プロレスそのものの目覚めこそ新日ではあるものの、憧れのレスラー、学生プロレスという道程を紐解くと、リズムの違いが現れる。

この数年で新日を見始めて、棚橋のファンになった人達には信じられないかもしれないが、棚橋というレスラーはストロングスタイルからはかけ離れた男で、今のKENTAの比ではないブーイングを浴びた。新日本プロレス自体が総合格闘技の波に飲み込まれようとしている最中、丸め込みを使ってまで勝とうとする奴はあらゆる格闘技において最強である新日本の風上にもおけないような存在だったわけだ。

そうしてどん底へと進んだところから、身を粉にしてプロレスの持つ魅力を自らを通して伝える事を続けてきたこと、永田を始め、自分と向かい合って新たな時代の新日本の戦いを作ってきたことが現在、棚橋をエースと認めさせる結果になった。

これは得てして美談として語られる。いや事実、棚橋がいなければ新日本プロレスという存在そのものが危ぶまれる事態になっていた可能性は全くもって否定できない。 棚橋自身もそういう経験を通じて、棚橋というレスラーを成長させてくれたし、ファンと繋がりを作る事が出来たと口にするだろうが、しかし、このジェリコの一戦を通して見ると、棚橋弘至という才能を考えると、それで良かったのだろうか。

例えば、この数年、ヤングライオンは安定的に海外修行への切符を掴むことが出来ている。ジェイやヒロム、3Kを始め、岡やカワトサン、海野も海外を経て自信をつけて帰って来るだろう。

これは過去の新日ではお決まりのルーティーンだった。第三世代もそれぞれ様々な場所で修行をしてきた。遡れば、三銃士も海外で様々な経験をしてきたことが後の彼等のコネクションになっていた。

そうやって見た時に、アメリカンプロレスをベースに持つ棚橋が海外武者修行の経験がなく、ほとんどアメリカンプロレスをその肌で感じたことがないというのは、彼の才能を殺してしまっていたのではないかとすら思ったのである。

確かに同じ【プロレス】で、永田と対戦する時も棚橋が開く引き出しというのは、アメリカンプロレスへと繋がる1つの棚であった。膝を攻めるパターンで言えば、ドラゴンスクリューからテキサスクローバーホールドという流れは武藤の足4の字に繋ぐパターンを同じ足殺しであるテリー・ファンクのテキサスクローバーに置き換えたと見ることが出来る。

自分なりにエッセンスとしてのアメリカンプロレスを散りばめてきたわけだが、彼の才能、懐の深さというのはこの数年のG1にも現れている。確かにフィジカルに問題を抱えることが少なくなかったが、それを戦略性で勝ち星を掴みに行く様が見える。丸め込み、場外カウント、壮絶で派手な3カウントの奪い合いという新日本での流行から一歩引くような老獪さというのをG1では見せる。しかし、それもプロレスの勝利の一つには違いがない。

絶大な批判を受けながらも、棚橋は自分のプロレスを押し通し、それを認めさせたのは確かだし、それ以上の献身で新日本プロレスを支えたのは確かだが、例えば棚橋が若手時代にファンクスに弟子入りするような状況があれば、個人的にNWAスタイルと呼ぶあの老獪な、オールドスクールなプロレスを日本のファンはもう少し敬意をもって受け入れたのではないだろうか。

棚橋自身はこの年になって新たな挑戦にワクワクしているという事を試合前に残していたが、彼のファイトスタイルを考えれば、もっともっと早く触れるべきことだったとすら思うのだ

ことこの点に関して、新日本プロレスは棚橋を活かしていない。ROHと絡むならダルトン・キャッスルこそ棚橋とやるべきだったし、コーディーは棚橋とNWA王座をかけてシングルをするべきだった。リック・フレアーvsダスティー・ローデスばりの名試合になる可能性を逃したのである。

1.5での棚橋の動きはこの数年のビックマッチで比較した時に明らかに状態がよく、スリングブレイドの伸びも引っかかりが見られなかった。だが一方でドームの入りで考えると、分散させたことにより、1.4に棚橋のファンがいないという事態を起こしたのも少なからず事実で、エースの影響力というのをひっそりと感じていた。

新日本というリングの中を充実させることが命題であることには違いない。しかし、棚橋弘至という才能を我々はここからまだまだ味わうためには、トップ戦線で日本人選手とやる棚橋弘至ではなく、棚橋弘至というネームバリューに集まって来る様々な外国人選手とワルツを踊る棚橋弘至を見てみたくはないだろうか。棚橋ならどんな曲でも華麗に踊る、そんなプロレスを堪能したいのである。

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